大阪高等裁判所 平成3年(ネ)158号 判決 1993年4月14日
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人は被控訴人に対し、六〇〇万円及び内三〇〇万円に対する昭和六二年八月八日から、内三〇〇万円に対する平成二年三月三一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを四分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。
理由
一 事故の発生
亡成吉は控訴人との間で、昭和五四年自己が経営していた豊田染工場内に型枠、製品等を二階から一階へ降ろすための荷物用エレベーターを設置する請負契約を締結し、控訴人はこれを製造完成させたこと、豊田信子が右エレベーターに乗り、そのワイヤロープ切断の事故に遇い、負傷したことは当事者間に争いがない。
二 亡成吉の民法七一七条による責任
《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。
1 亡成吉は、控訴人に本件エレベーターを注文するに際し、七五〇×一六〇〇ミリメートルの型枠を三〇枚位積載したいと説明し、控訴人は、右注文を受けて、荷かごを設計し、その重量を約三〇〇キログラム、右型枠の重さを一枚約五キログラムとして三〇枚分で約一五〇キログラムと見込み、日本ホイスト株式会社製の定格荷重五〇〇キログラムのホイスト(巻上機)を選択し、これについて成吉の了解を得て、これを使用した本件エレベーターを製造し、昭和五二年一二月末にはこれを完成し、落下試験をした上で、昭和五四年初めまでに成吉に引き渡した。なお、実際の荷かごの重量は約三三五キログラム、型枠三〇枚の重量は約一三六キログラムであつた。
2 控訴人が本件エレベーターの荷かごを設計製造するについては、成吉と相談の上でしたものであるが、その荷かごは、縦横各一五〇〇ミリメートル、高さ一八〇〇ミリメートル(いずれも内径)の大きさで、前記型枠を縦(長辺を上下に)に積むという構造をとり、人が乗り込まずにこれを搬入できるような配慮はなされておらず、積込みの際に人が乗り込むことは容易に予想できる構造であつた。
3 本件エレベーターに使用されたホイストは日本ホイスト株式会社における昭和五三年一〇月二六日の加重試験に合格したものであり、また、ワイヤロープは、前記ホイスト用として、ホイストとともにメーカーから送付されたもので、日本工業規格の六号品に該当し、その一本の切断荷重は一九五〇キログラムである。そして、荷かごは二本のワイヤロープで釣り下げることになる。
4 本件エレベーターの落下防止装置の装備については、成吉からは指示がされなかつたが、控訴人の判断において、これを設置した。その構造は、荷かごを釣り下げているワイヤロープが緩むとカムローラーがガイドレールを挟んで止まるというもので、ワイヤロープの緩みかたが緩慢である場合などには、完全に落下を防止できるかどうかは、構造上疑問があり、あくまで貨物用、簡易リフト用のものであることは明らかである。
5 豊田染工場においては、本件エレベーターの設置後、これを型枠の運搬だけでなく、のり桶などの運搬にも用い、型枠等の積込みの際には、エレベーターの荷かごの中に乗り込むなどして使用してきた。そして、成吉は、貨物用のエレベーターに人が乗つてはいけないことを知り、また、その従業員が右のとおり、本件エレベーターをこれに乗り込んで使用していることを知りながら、これを止めるように指示したことはなく、その上、本件エレベーターの設置後本件事故に至るまでの一年半の間、その保守点検整備やワイヤロープの取替えを全く行わないできた。
以上のとおり認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。
なお、本件エレベーターの荷かごの重量について、被控訴人は三九七・八九キログラムであると主張し、他方、控訴人は三〇三・四キログラムであると主張するのであるが、《証拠略》によれば、本件事故後に補強されたものから、パンチング板を除去して計測した重量が三九〇キログラムであると認められるので、これから、《証拠略》により事故後に加えられたと認められる中仕切り鉄骨七本約一九・二キログラム、床下鉄製横骨二本八・五キログラム、天井フック固定座付き鉄製横骨の取替前後の差重量二七キログラムの各数値を控除すると、その重量は約三三五・三キログラムであつたと認めることができる。《証拠判断略》
そこで、右事実に鑑み、本件エレベーターの設置又は保存に瑕疵があつたといいうるかどうかについて検討するに、本件エレベーターの積載重量は二五〇キログラム未満であるから、クレーン等安全規則の適用はなく、そのかぎりではその設置に行政法規違反はない。また、貨物用のエレベーターとしては、人はその積込みのためであつてもこれに乗つてはならないのであつて(クレーン等安全規則二〇七条参照)、前述の荷かごの重量、積載を予定された荷物の重量を前提にすれば、五〇〇キログラム用のホイストが能力不足であつたとはいえず、また、ワイヤロープもその切断荷重が一本で一九五〇キログラムを支えることができるものであつたから、これが細すぎたとはいえない。しかしながら、前述のように、本件エレベーターについては、型枠等を積載する際に人が乗り込むことが予想されたのであるから、人が乗り込まないような構造にすべきであり、仮に人が乗り込むのであれば、これを前提とした安全設備を整える必要があつたというべきである。しかるに、現に荷物積載の際に人が乗り込むような使用方法がされており、成吉はこれを知つていたのに、何ら構造や落下防止装置の改善はなされず、かつ、設置以来本件事故に至るまでの一年半の間に一度たりとも保守点検がされなかつたのである。これらによれば、本件エレベーターは、その設置、管理について瑕疵があつたというべきである。
以上によれば、成吉は、本件エレベーターの右瑕疵によつて生じた損害の賠償責任を免れないものである。
三 豊田信子の損害
1 《証拠略》によれば、信子は、昭和五五年六月二八日午前一一時四五分ころ、本件エレベーターに、既に積み込まれていた型枠約一〇枚の上に、米二袋(二〇キログラム)及びごみ一袋(約一キログラム)を、内部に乗り込む方法で積み込んで、これから降りようとしたところ、本件エレベーターの荷かごを釣り下げていたワイヤロープが切れ、しかも、落下防止装置が働かなかつたため、右荷かごごと二階から一階に落下し、これによつて右手挫滅切断創、右第一、二、三、四、五、中手骨骨折、左第一楔状骨骨折の傷害をうけたことを認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。
右事実によれば、信子の右傷害は、本件エレベーター設置、保存の瑕疵によつて生じたものと認めることができる。
2 《証拠略》によれば、信子は、事故後、根本病院に入院したが、同月三〇日、京都市北区所在の鞍馬口病院に転院して治療を受け、同年七月一六日断端形成術及び植皮、同年八月一六日皮膚移植、同年九月二四日手茎植皮術、同年一〇月八日移植部切断の治療を受け、同年一一月四日に一旦退院し、その後は通院していたが、骨髄炎を生じていたため、昭和五六年四月二一日から同年五月一日、同年七月七日から同月三一日と同病院に入院し、昭和五八年一月二〇日から同月三〇日までも同病院に入院し、同年一二月まで同病院に通院したが、その後、昭和五九年三月から昭和六二年一二月一五日まで京都市左京区の葛岡整形外科病院に通院したことを認めることができる。そして、信子の右手は甲から先を失うに至つた。なお、信子の鞍馬口病院における通院日数は昭和五六年七月三一日に鞍馬口病院を退院してからは多くなく、昭和五八年の入院はその症状が明らかでない。葛岡整形外科病院における治療は、原審証人豊田信子の証言によれば痛み止めの注射とマッサージをする程度であると認められ、また、同証言では、同病院で治療を受けるまで患部が化膿していたというが、これを客観的に裏付けるものはなく、事故から三年以上を経過していることを考えると同病院での治療の必要性についての立証は足りないというべきである。更に、信子は、現時点でも、右手、右足部の疼痛、視力の低下を訴えているが、右疼痛及び視力の低下について、これを認める客観的な証拠はない。そこで、信子の症状は、昭和五六年七月末日には固定したと認めるべきである。
3 そこで、右に鑑み、信子に生じた損害の額を検討する。
(一) 休業損害
《証拠略》によれば、信子は成吉の息子である被控訴人の妻であり、主婦として家事に従事しながら、豊田染工場において、縫製等の作業に従事し、成吉からは月額五万円の報酬を得ていたことを認めることができるが、本件事故により、昭和五五年六月二八日から昭和五六年七月末日まで(三九九日)豊田染工場での作業及び家事労働に従事できなかつたと認められる。信子の損害の算定の基準とすべき収入については、信子が家事労働に従事していたことを考慮すれば、成吉からの収入だけとすることは妥当でなく、これを昭和五五年度の女子労働者の平均賃金によるべきであり、その年額は一七七万一三〇〇円であるから、これに三六五分の三九九を乗じて得た一九三万六二九七円(円未満切捨)が、信子の休業損害となる。
(二) 逸失利益
信子は、右手の五指全部を失つたものであるから、その労働能力喪失率は六七パーセントであり、症状固定時には、満四六歳であつたから、昭和五六年度の女子労働者平均賃金年額一九八万七六〇〇円に右喪失率及び新ホフマン係数一四・一〇四(就労可能年数二一年)を乗じて得た一八七八万二一八三円(円未満切捨)が、信子の逸失利益となる。
(三) 慰藉料
慰藉料としては、一二五〇万円をもつて相当とする。
(四) 合計
以上を合計すると、本件事故により信子が被つた損害額は、三三二一万八四八〇円というべきである。
四 被控訴人の損害賠償責任の承継とその弁済
1 《証拠略》によれば、成吉は昭和五七年四月三〇日死亡し、その営業は被控訴人が承継したので、成吉の信子に対する債務は被控訴人が承継したことを認めることができる。
なお、控訴人は、亡成吉の営業による債権債務はすべて豊田染工株式会社に引き継がれ、被控訴人が承継したものではない旨主張するが、《証拠略》によれば、亡成吉の営業及びその債権債務は、一旦被控訴人に承継された上で、昭和六一年、いわゆる法人成りによつて右株式会社が設立されたことにより、同株式会社に引き継がれたことを認めることができるものの、個人経営の営業を法人成りによつて新設した会社に引き継いだとしても、個人の負担していた債務が免責されるものではないから、右株式会社が債務を引き受ける場合であつても、被控訴人は債務を免れないのであつて、被控訴人は信子に対する債務を免れない。
2 《証拠略》によれば、被控訴人は豊田信子に対し、昭和六三年一一月ころ一〇〇〇万円、平成二年一月一九日ころ一〇〇〇万円の合計二〇〇〇万円の支払をしたことを認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。右賠償額は、前述の信子に生じた損害に鑑みれば、本件事故における信子の過失を考慮しても相当な額であると認めることができる。
五 控訴人の求償責任
1 被控訴人は、民法七一七条三項による求償責任を主張するのであるが、右求償責任が生じるためには、被求償者の行為が被害者に対し一般の不法行為となることを必要とする。そこで、以下、控訴人に豊田信子に対する不法行為が成立するかどうかを検討するに、《証拠略》によれば、控訴人は、本件エレベーターの設置については、成吉から型枠三〇枚の運搬という目的の説明を受けた程度で、その仕様については、細かく指示されておらず、その構造や仕様については、右目的に適合するかぎりで概ね任されていたものであり、控訴人は、その注文を受けて、二級建築士の弟に依頼するなどして、本件エレベーターを設計し、成吉の了解を得て製造したものと認めることができるが、前述のように、本件エレベーターは、荷物の積込みに人が乗り込むことが容易に予想できる構造であり、人が乗り込むものとすれば、危険性を有するものであつた。ところで、機械設備の設置工事を設計を含めて請け負つた請負人は、危険性のないものを設計すべきであり、注文者の意向に沿えば危険を生じる場合には、その危険について注文者に進言し、右危険性を除去するように努め、事故の発生を防止すべき注意義務があるというべきで、注文者の意向に沿い、又は注文者の了解を得て、注文どおりに完成させたというだけでは、右危険から生じた事故により被害を受けた者に対する不法行為責任を免れないというべきである。これを本件についてみるに、控訴人は、本件エレベーターの設置に当たり、積込みの際に人が乗り込まなくてもよいような構造にするように努力をしたとは認められない。控訴人は、本件エレベーター引渡の際、成吉に取扱説明書のほか日常点検表、月例自主点検表、と告げた旨主張し、控訴人本人はこれに沿う供述もするが、本件エレベーターの安全性の欠如を考えれば、右の程度で右義務を果したとはいえないし、他に、事故防止のための適切な措置を採つたとは認められない。そうであれば、控訴人は、本件エレベーターの瑕疵について責任のあるものとして、控訴人に対する求償義務を負担するものである。
なお、控訴人は、右求償責任は債務不履行責任であるとし、控訴人に債務不履行はないと主張するのであるが、民法七一七条三項の求償責任は債務不履行責任でないことは前述のとおりであり、請負契約上の債務不履行の有無は右求償責任の存否には関係がない。控訴人は、本件エレベーターに瑕疵があるとしても、これは注文者である成吉に責任があり、その注文に応じただけの控訴人には責任がないと主張するが、成吉に責任があることは当然としても、前述のように、控訴人は単に注文どおりに製造した者ではなく、本件エレベーターの設計から関与した請負人であり、その不法行為責任を免れるものではなく、控訴人の右主張は採用できない。
また、控訴人は、本件事故は、成吉が本件エレベーターを異常な使用の仕方をしたために生じたものであるとして、事故の責任はすべて成吉にあるかのように主張し、《証拠略》は、豊田染工場では、生地、など予定されたよりはるかに重いものを運搬したり、運搬物が荷かごからはみ出して天井の梁に当たるなどして、モーターの電源が切れるほどの衝撃荷重を与えたことがしばしばあると述べるところであるが、一審における供述と異なる部分もあり、伝聞であつたりして、これを全面的に採用することは困難である。ただ、右工場において、当初成吉が説明した型枠以外のものも運搬したとは認められるが、予定されていた重量を超えるものであつたかどうかは、これを明らかにする証拠はない。
2 ところで、本件エレベーターの荷かごの落下は、そのワイヤロープが切断したことにあるところ、前述のように、右ワイヤロープ一本の切断荷重は一九五〇キログラムであり、荷かごを二本で支えることになるから、本件荷かごの重量やこれを積載する物が多少予定の荷重を超えたとしても、そのことから、直ちに切断の危険が生じるものではない。ただし、右ワイヤロープが切断するには、それまでに徐々に損傷していたことが窺えるのであつて、ワイヤロープは外から見える構造になつており、その点検は容易であると認められるから、一、二か月に一度でも保守点検が行われておれば(クレーン等安全規則二〇九条参照)、その損傷は容易に発見でき、これを取り換える等の整備をすることによつて、落下事故は避けられたものといわざるを得ない。したがつて、本件エレベーターの荷かごの落下事故における成吉の責任には重大なものがあるというべきである。被控訴人は、本件エレベーターの保守点検が控訴人の義務であつたとし、本件事故の責任がすべて控訴人にあるかのように主張するが、成吉と控訴人との間で保守点検についての契約がなされたと認めるに足りる証拠はなく、全く契約がないのに保守点検義務を認めることはできないから、右被控訴人の主張は失当といわなければならない。
以上によれば、成吉の債務を承継して損害の賠償をした被控訴人は、その賠償額の全部を求償できるものではなく、成吉と控訴人との損害賠償の分担割合はその責任の度合いによるというべきところ、前記認定の諸事情を勘案すれば、その割合は、成吉が七割、控訴人が三割というべきである。
六 結論
以上によれば、控訴人は被控訴人に対し、求償金六〇〇万円及び内三〇〇万円に対する賠償金支払後の昭和六二年八月八日から、内三〇〇万円に対する賠償金支払後の平成二年三月三一日から各支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるというべきであり、被控訴人の本訴請求は右の限度で理由があるから認容すべく、その余は失当として棄却すべきところ、これと異なる原判決を右のとおり変更して、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 柳沢千昭 裁判官 松本哲泓)
裁判官西川賢二は転補のため署名押印することができない。
(裁判長裁判官 柳沢千昭)
《当事者》
控訴人 上野ボイラー工業こと 上野 昇
右訴訟代理人弁護士 吉田 薫
被控訴人 豊田正雄
右訴訟代理人弁護士 安保嘉博